September 29, 2017

ヒーローがいない名作野球マンガ/『プレイボール』



ちばあきお『プレイボール(集英社、1996)

読み出すと、とまらなくなります。
胸がヒリヒリもします。

このあきらめないで向かっていく佇まい。
2002年のサッカーW杯でたくさんの人に愛されていた、アイルランド代表チームを思い出したりもしました。
(ここで「ロビー・キ〜ン」と叫んでみる)

この漫画には、特別な才能の持ち主として描かれているような、いわゆるヒーローは出てきません。でも、自分の頭で考え、練習を重ねていく谷口くんは、授かったもの(ギフト)を持っている人なんだと思うのでした。
だれも特別でないし、だれもが特別。

シンプルな線画。
自然に読めるテンポのよさや野球のスピード感。
たんたんとした白い画面(紙面)を美しく感じます。

甲子園出場を目指している途上で連載は完結。
続きを読みたがっていたファンは少なくなかったはず。
しかし、作者のちばあきおさんも亡くなり、続きは叶わぬことに。

しかし2017年、30年あまりの時を経て、復活。
続編『プレイボール2』の連載が始まりました。

作者は、コージィ城倉さん。
一風変わった切り口でプロ野球の世界を描く『グラゼニ』の原作も、別名で手がけている方です。

連載を始めるにあたって『プレイボール』を読み返したとき、コージィさんもやはり、ちばさんの線画の美しさを感じたとインタビューで語っていらっしゃいました。
ぜひ、ちばさんの白の美しい画面の世界、味わってみてください。

谷口くんの中学時代から始まる『キャプテン(集英社文庫、1995)から読むと、いっそう『プレイボール』が楽しめます。




September 20, 2017

イラストのちからを感じさせてくれる本

 

牧野富太郎『原色牧野植物大図鑑(北隆館、1996〜1997、改訂版)

雑誌『ku:nel』(2012年 07月号)で、動物記で有名なシートンの描いた絵を見たことがあります。
その見事なこと。
(ネットで「シートン 絵」で画像検索なさってみてください)

以前、実家に帰ったとき、植物学者・牧野富太郎の『原色牧野植物大図鑑』が居間に置いてありました。
合弁花・離弁花編」と「離弁花・単子葉植物編」の2冊。
学校で理科と数学の先生をしている兄の本でした。

開いてみると、植物図のこれまた見事なこと。
しかも量が膨大。

藪内正幸さんの描く動物の絵もですが、そのもの(構造)を知りたいとき、絵は写真を見るよりわかりやすいです。
植物のイラストを描くときにも頼りになる図鑑です。

そこで思い出したのが、松田哲夫さんの『「本」に恋して(新潮社、2006)



編集者としてずっと本づくりに携わってきた松田さんが、製本屋、印刷屋、紙やインクのメーカーといった本づくりの現場を訪ねたルポ。
松田さんがわかりたくて書かれた文章は、知らないことを知った充足感がたっぷり。

松田さんと取材をともにした内澤旬子さんのイラストが、これまた素晴らしい。
印刷の工程を写真で紹介しているガイド本は多いけれど、写真だと、たとえば「現物の印刷機はこういうものらしい」とスーッと受け取って見過ごしてしまいがちなところを、イラストだと、「ここはこうなっているのか」と順を追って眺められるよさがあります。

写真を多用した印刷ガイド本と違って、読むガイドブックといった感じ。
文字好きの方にぴったりです。

イラストって、(広い意味で)図解のことなのだと、牧野の植物図鑑、藪内さんの動物画、内澤さんのルポイラストを見ていて、はたと思い起こされます。

イラストの力・役割を感じます。

September 11, 2017

ロードムービー感覚コミック/『デボネア・ドライブ』



朝倉世界一『デボネア・ドライブ(全3巻、エンターブレイン、2008〜2010)

デボネアというのは、三菱自動車が昔つくっていた車種の名前。
ちょっと昔のアメ車っぽいセダン。

debonair」という単語には、「愛想のよい」「陽気な」「のんきな」という意味もあるようです。マンガの世界にぴったり合っています。

デボネアに乗って、千葉から津軽へと向かう道中のあれこれ。
まるでロードムービーを見ているような心地よさ。

この間(ま)
魅了されます。

「天才」と言うと、努力しないでも出来てしまう人のようにとらえられがちですが、その人の持っているもの(授かっているもの)……という意味で、天賦のもの、感じます。

朝倉さんの描く女の人はほのかに色気があって、赤ちゃんもかわいらしい。
中でも、おじいちゃん・おばあちゃんがとってもいいです。

一見、脱力系の作風。
されど、車の疾走感、季節や時刻を感じる風景の俯瞰図……
ただものでない描写力を感じます。

デボネア・ドライブ』を読むきっかけになったのが、朝倉さんの『春山町サーバンツ( KADOKAWA/エンターブレイン、2012)の巻末広告文。
どれもが、朝倉さんに対するリスペクトと愛がてんこもり。
やりたいことやってますって感じの本作りがとってもよかったのでした。

ところで、『デボネア・ドライブ』からも『春山町サーバンツ』からも、和菓子への愛情を何気に感じたりします。




September 2, 2017

彫刻家・佐藤忠良さんの描いた絵本/『おおきなかぶ』



A・トルストイ再話 /内田莉莎子訳 /佐藤忠良画
おおきなかぶ(福音館書店、1966)

佐藤忠良(ちゅうりょう)さんの彫刻に出会ったのは、社会人になってずいぶんと経ってからでした。

「佐藤忠良展 ある造形家の足跡」を見に行ったときのこと。
(世田谷美術館、2010年12月23日〜2011年3月6日)

コートを着た女性が両手を胸にあてている「冬の象」の前に立つと、呼吸している胸の動きが伝わってくるような、向き合ってお互いの呼吸が呼応しあっているような、不思議な感覚に。
彫刻を前にこんな感覚に陥ったのは初めて。
ブロンズ像なのにあたたかみさえ感じました。

また別の女性の像では、ふくらはぎや足首あたりの造形が、毎日自分で見て触れている形とまったく違和感がなくて、その描写力にドキドキしました。

「デッサンは彫刻」とは長沢節さんの名言。
社会人を経てから桑沢デザイン研究所で学んでいたとき、彫塑の授業で手を動かしながら、彫刻もまたデッサンなのだと感じたことがあります。

忠良さんの彫刻を見ていて、そのときのことを思い出しました。
デッサンの力を感じました。

忠良さんは、福音館書店のロングセラー絵本『おおきなかぶ』の絵を描いていた方。じつはとても身近なところにいた人だったのでした。